ダメ人間
耳鳴りは耳をゆうにこえて、脳髄をも鳴らした。痛みにも近い感覚はまぶたを緊張させ、眉が歪んだ。フェードアウトしていく金属音、痛みとその不快な音から解放されて私はひとつため息を吐く。
残酷なのは地球のどこかで小さな子供が腹を空かせて死んでいくことだけではない。
私はため息を吐き出すために吸い込んだ空気から酸素を取り込み細胞を動かしている。
残酷とは生きる仕組みそのものなのかもしれない。
その日は昨夜からの雨を未だ引きずっており、乾く暇なくアスファルトを濡らし続けていた。
アスファルトを丁寧に蒸らした臭いと傘や長靴のビニールのやけに科学的な臭いが入り交ぜとなった街はどうにも好きになれない。
雨は冷たくない。
生温かくて、にわかに粘り気すらあるように思う。うんざりする。
携帯を見る、朝の6時50分だ。なるほど、と思いながら少し慌てて支度をする。安いドリップコーヒーを雑に淹れ、タバコを1本吸う。
シャワーをあび、程よく緩くなったコーヒーをすすって、結局半分くらい残し、家を出た。
地下鉄のホームに降り、しばらくして電車が到着した。雨のせいか、都営三田線はやけに混雑しており、不快感がどっと押し寄せる。
そうか、今日は水曜日か。仕事帰りにそろそろ飲みに出かけよう。田町駅から少し離れたあのお店で、牡蠣のグラタンを食べ、安い白ワインを開けよう。
そんなことをうにゃうにゃと考えているとすぐ会社の最寄駅についた。
雨はまだ降っていた。
それを見て、なんとなく、引き返そうと思った。家に帰って寝よう。そうしよう。
家に帰って会社に連絡入れると丁度始業の30分ほど前だ。すごく頭が痛いと言って休もう。実際にすごく痛い。
それで、家に帰った。
家に帰る途中にセブンイレブンでペットボトルの安い白ワインと6Pチーズを買った。
なんだ今日良い日じゃん、と思いながら家に帰りテレビをつけると、「午後から晴れ」という天気予報が流れていた。朝残したコーヒーが少しだけ蒸発し、タンブラーにこびりついていたので洗った。
休むと電話して、二度寝して、ワインを飲みながら洗濯物をしよう。チーズは軽くフライパンで焦がして食べよう。
電話を入れ早速布団に潜り込み、
目が覚めたのは11時だったが、すでに雨は上がっていた。そして頭痛も治まっていた。
ペットボトルの白ワインは普通に美味しいし、チーズは最高だった。
明日はどんな最悪な1日になるのやら。
過眠と頭痛疲れした脳は、酒を飲んで憂鬱を簡単に吹き飛ばす。
でも結局、次の日も会社を休んだ気がする。