とある日記

妊娠を知った女子高生は、うつむきながら得体の知らない恐怖に涙を流した。医師に「お母さんにも伝えないと」と諭すと、彼女はしっかり「はい」と答えて、涙を拭った。
今時の派手さはあるものの、しっかりとした子だなと思った。産婦人科の看護師として7年間、幾度となく類似した状況を目の当たりにしてきたが、こう凛とした少女は稀だ。
「お母さんにバレてやばい。今すぐ中絶したい。」と泣いて取り乱す女の子もいれば、あっさりと「ああ、降ろします。」なんて言う子もいた。
彼女はどちらかというと、家族に心配をかけてしまうことに対して責任を感じているようだった。避妊に失敗したのか、避妊をしていなかったのかは不明だが、自身の妊娠を辛そうに受け止めているようだった。

しばらく経った後、経過診察の日に、きちんと母親も連れてきた。
私が働くクリニックでは、どういったケースでも、出産を前提に話す。今後の経過や、生活をする上での注意事項を話し、最後に「なにか質問はありますか」と問われた女子高生は「ありません。」ときっぱり言った。
そのまま診察が終わりそうな雰囲気になった時、母親がすごく苦しそうに「産むことは考えていないんです」と 話を切り出した。法律では、 未成年で保護者の管理下にあるとはいえ、 妊娠継続の判断は当事者である妊婦とパートナー次第になる。 そこに保護者の意見で判断することはできない。 ということの説明の上で、 どちらにせよまた○日後に、と診察を終えた。診察室のスライドドアが控えめにピシャリと鳴って、沈黙が流れた。

そうだ、母親の気持ちも痛いくらいわかる。彼女はまだ10代で、社会で生きていく術をまだ十分に身につけていないのだ。「まだ子どもなのに、子どもなんて育てられるわけない………」世間の声が冷たく刺さるように降りかかってくる。
しかし、彼女の受け答え、凛とした姿を見ると出産を強く望んでいるようだった。年齢や経済力、問題も障害も山のように存在し、悩み苦しむことは避けることができない。先ほど妊娠が発覚した大学生がえーヤバイ堕ろそと言っていたのを思い出させた。あまりにもポップでライトに発せられた言葉は宙に浮いて、私の意識を遠ざけるのであった。一方で高校生である彼女が、ここまで意思を固められるのは、頼もしく、尊かった。
若さゆえ、未経験ゆえ社会の厳しさを知らないこともあるかもしれないが、本気で望んでいるなら負けないでほしいなと漠然と考えていた。

その後しばらく診察予定日過ぎても受診に来なかったので、他の医院にいっちゃったのかなと医師と話していると丁度久しぶりに受診しに彼女が来た。医師が改めて意思確認すると、「はい。産みます。」とはっきり答えた。
長年看護婦として医療の現場にいるが、嬉しさのあまりつい泣きそうになった。産むならサポートすると母親も言ってくれたそうだ。
ここまで説得するのに、どれくらい自分の気持ちを話して、 どれくらい話し合ったのだろうか。

10代の妊娠・結婚は、離婚率も高い。虐待のリスクも高くなると言われてる。 高校をどうするのかもわからないし、 学歴を順調に積み重ねてはいけなくなる。 それによって収入の幅も狭まるかもしれない。 パートナーもどれくらい頑張れるのか、 経済面はもちろん、精神面も。
そういうのも含めてサポートできる行政、 地域のコミュニティがもっともっと機能していけたら良いと思う。家庭・身内で課題や問題を乗り越えるこができればそれに越したことはないのだが、事情は人それぞれで、助けやサポートを求められるところは多い方が絶対に良い。 こんな私にも何かしら出来る日は来るだろうか。

何はともあれ、 どうか彼女たちが、この選択を後悔せず、 すてきな家庭、親子関係を築いていけますように。

そんなことを思った勤務日だった。