残像

愛されたさに狂った時、お前じゃない誰かに連絡する時、好きでもない誰かに雑に抱かれる時、うんざりするような恋愛映画を観終わった時、

どうせお前を思い出す呪いや病気、何かしらの災いの類に属する得体の知れない焦燥感に胸が焼けただれてしまう。

かっと目頭が熱くなり、喉がグッと鳴り、俄かに吐き気を感じながら、いつもより大股でスタスタを歩く。

ハアなんて大声でため息を吐いて、少し目を伏せて、キッと顔を上げて、下唇を噛んで、遠くを睨みつける。

そこにお前はいない。

残像もない。

無理に流し込んだウーロンハイがたぷたぷと胃を揺らし、酔ったくせにやけに研ぎ澄まされた脳から、お前への想いが鋭く私の胸や脳を刺す。

 


男は、賢い女が好きと口走るが、実際は綺麗で少しだけ賢い女を好む。私のことを優秀だと褒めた男は皆、私じゃない女(しかもバカ)を選んだ。

そして例に倣ってお前もそうした。

 


終電を無くしフラフラと歩いて帰る時、お前のことを考えていた。

 


お前は私のことを考えることがあるのだろうか。

愛に焦がれた時、ふと私のシャンプーの香りを脳裏にかすめ、ぎゅっと胸が詰まる苦しさを味わうことがあるのだろうか。

私が好んで飲んだ甘い甘い酎ハイの缶を指さして、「元カノがよく飲んでいた」と女に話すことがあるのだろうか。

 


ない。

根拠はないが「ない」と思った。

私と付き合っていた(と思っているのは私だけかもしれない)1年半を置き去りにして幸せになっていくんだ。

そういう男だった。

 


靴を流れるように脱ぎ捨て、慣れた感覚でスイッチを探る。白蛍光灯が酔いを覚ませと荒々しく肩を叩く。

飼っている赤いベタが驚いたように身体をひるがえらせたのが見えた。

冷蔵庫にはお前の最後の置き手紙が大事に貼り付けていたのを思い出して嫌な気持ちになったので破った。

その破った紙切れをパラパラとベタの水槽に入れる。

沈まず水面に浮いて、ベタが驚いたように機敏に慌てるように泳いでいた。

 


私の屁理屈や天邪鬼に慌てふためくお前にそっくりだった。

人間としての面影すら残さず、魚になって永遠とあたしに困らせられて死んでゆくんだと思った。あたしの家の小さな小さな水槽に魚になったお前がいる。

急に眠たくなったので、そのままカーペットにへたり込んで眠った。

 


次の日ベタは目を白くさせて紙にまみれて死んでいた。